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金沢芸妓とは

金沢は、藩政期から伝統工芸や伝統芸能を受け継ぎ、現在も伝統が生活の中に息づくまちです。茶屋街の歴史は古く、正式にその町割りができたのは、文政3年(1820年)、12代藩主前田斉広(なりなが)の頃といわれています。この時代から、金沢の歴史とともに、芸を磨き、もてなしの心を受け継いできたのが金沢芸妓です。ひがし、にし、主計町の3つの三茶屋街には、現在も、金沢芸妓が日々厳しい稽古を重ね、その伝統を継承しています。金沢芸妓は、金沢の大きな魅力の一つとして、県内外・国内外の皆様に親しまれています。

金沢芸妓の至芸の継承・人材育成のため、1983(昭和58)年、金沢商工会議所が中心となり、金沢伝統芸能振興協同組合を設立しました。以来、石川県・金沢市などと連携しながら、技能習得の奨励、後継者の育成などに向けた各種取り組みを実践しています。

金沢芸妓動画
公益財団法人 横浜記念金沢の文化創造財団

金沢市に伝承されてきた優れた文化遺産、伝統芸能、好ましい隣保関係を、次世代を担う若人たちに引き継ぐとともに、優れた文化的遺産等の保全、修景、新たな地域文化・コミュニケーションの創生を図り、もって活力と潤いのある住みよいまちづくりの推進に寄与することを目的として設立された財団です。金沢芸妓新人育成の支援や、動画により金沢芸妓の文化を紹介しています。

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